前回は、アートパネルやりすのオブジェ、くるみのシンボルツリーなど、「くるみワールド」を目指した店内のデザインをご紹介しました。第7話では、お店の舞台となる建物と、その改装工事についてお話しします。

来瑠未堂は、善光寺仲見世通りで長年仏具店を営んできた「長生堂」の建物を受け継いで生まれます。改装工事の現場から、解体や施工の様子とともに、この建物の魅力をお伝えします。

大正から門前を見守ってきた、唐破風の建物

建物が建てられたのは、大正12~14年頃。長野駅から善光寺へと続く中央通りの拡幅工事が完成し、沿道に西洋建築の影響を受けた擬洋風建築が広がっていった時代です。

昭和初期の中央通りから善光寺を望む
昭和初期の中央通りから善光寺を望む
出典:長野市公文書館所蔵

長生堂の建物は、そうした流行の中にありながら、日本建築の象徴ともいえる「唐破風(からはふ)」の屋根を採用しました。唐破風は格式や特別な存在感を表す伝統的な意匠で、善光寺の仲見世通りでは仁王門や松屋旅館などに限られる、貴重な景観となっています。この屋根には、長年仏具店として地域とともに歩んできた長生堂の矜持が表れています。

それからおよそ100年。戦時中の統制経済によって仲見世通りのにぎわいが失われた時期や、昭和40年に始まった松代群発地震など、さまざまな時代を越えながら、この建物は善光寺門前の移り変わりを見守り続けてきました。

100年もの長い間、仲見世通りを見守ってきた唐破風(からはふ)屋根の建物
100年もの長い間、仲見世通りを見守ってきた
唐破風(からはふ)屋根の建物

一つずつ向き合った、改装工事

改装工事は、内装の解体から始まりました。仏具店として長く使われてきた内装を一つひとつ取り外していくと、壁の中から、継ぎ足された柱が現れました。木と木を刻んで組み合わせる「継手(つぎて)」は、日本の木造建築で古くから受け継がれてきた技術です。傷んだ部分だけを新しい木で補い、使える部分はそのまま活かす。この柱には、建物がその時々の職人の手によって大切に受け継がれてきた跡が残っていました。

一方で、床や壁をはがすたびに、傷みや補修が必要な箇所が新たに見つかり、工事は想定外のことも多々ありました。長い年月の中で生じた床のゆがみを平らに整える作業にも、多くの手間がかかりました。なかでも苦労したのが、外観を残すための補修です。唐破風の屋根をはじめ、長生堂らしい外観をできるだけそのままの姿で残せるよう、職人さんたちが傷んだ部分を一つひとつ確かめながら手を入れていきました。

継手が施された柱
継手が施された柱
外壁の補修工事
外壁の補修工事

建物の力を活かして、新しいお店へ

長年、仏具店として人々の祈りを支えてきた長生堂。この建物には、仲見世通りで商いを続けてきた日々の積み重ねと、地域を大切に思う想いが刻まれています。私たちは、この建築が本来持っているポテンシャルを活かしながら、その想いを受け継ぎ、くるみを主役にした信州土産の専門店として引き継いでいきます。目指すのは、建物と想いをただ「残す」ことだけではありません。祈りの品を届けてきたこの場所から、今度はお菓子という新しいかたちで、人々に笑顔や思い出を届けていく。そうして長生堂が歩んできた100年を、「次の時代へつなぐ」ことが、来瑠未堂の役割だと考えています。

工事前の店内
工事前の店内
改装の様子
改装の様子

次回、第8話では「来瑠未堂をつくる人たち。」についてご紹介します。どうぞお楽しみに。